偉い人

この世に、「偉い人」はいない。

「そんなこと、ないだろう。校長先生は偉いし、総理大臣も偉い。」

そこには確かに偉い「偶像」が存在するし、
その「偶像」に合わせて生きている人がいるわけです。

「だから、偉いんじゃないか。」

はい。だから偉いのは、その偶像であって、
「人」は合わせて生きているだけなんです。

偶像というのは、崇拝の対象として作られたものです。
そこに実体はありません。マリア像や、仏像なども偶像です。
肩書としての「校長先生」には、定義があります。
でも、偶像としての「校長先生」には、定義はなく、
人それぞれにさまざまな「校長先生像」を描きます。

言うまでもなく、「偉い」というのは「尊敬の対象になる。」という
ことだと思います。誰でも百歳まで生きられるわけじゃないし、
誰でも校長先生や総理大臣にはなれないのです。

それでも「偶像」はただ「偶像」なんです。

どう自分を高めていくかということについては、基準はありません。
偶像は偶像であり、人は人として、ただ生きるだけなのです。