見えるものの違い

人は、時の経過によって、まわりの風景が変わっていくと思い込んでいる。
しかし、実際は、意識の違いが、まわりの風景を違って見せているだけ。

それは、人の成長によるものでも、時代の移り変わりでもない。

私は以前、霊感が鋭いと自分で思っていた。

霊的な現象には何度も出会った。透き通る足だけが動いているのを見たり、
走っている車の窓の外に同じスピードで歩く人の姿を見たりもした。
人影のない暗い空間を見つけると、すぐにその場所に意識を移動することができた。
見えるはずのないものを見て、それを的中したりもした。
それが友人の死だったこともあり、心を痛めたこともあった。

自分自身で、何となく、その理由はわかっていた。

意識がそれを見せているのだと。
意識というのは、ラジオのようなものだ。
通常は年齢によって、生物によって周波数が違う。
しかし、その揺れ幅は個体によってまた違う。

それをある程度コントロールできると、霊的なものを見ることがある。
意識レベルを極限まで下げることができれば、霊的なものは
たやすく見ることができる。それが出来たところで、実際には
何の役にも立たない。霊的なものが「見える。」ことは、特別な能力ではない。

本来これは、本能的な危機管理能力として、自然に持っているものだ。

もし、自分で霊感が強いと思っている人がいるのなら、
意識レベルを高く保つことを続けるといい。

音楽や、さまざまな芸術、文学に触れることもいいだろう。
悩み、思考するといいだろう。

霊感をそのまま活かそうと思わなくていい。
それは、意識レベルの振れ幅の大きさを感じているだけだから。
むしろ、意識レベルが低下したときの状態に過ぎないのだから。

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