レギュラーサイズのiPadで何度か投稿したこともあるにはあったが、これまでは主に画面サイズの制約により、快適だったとは言えなかった。
こうやって、広い画面で手書きの文字で入力ができる。それがそのままWordPressに投稿できるというのは、とても新鮮だ。どうして今まで、この大きさの快適なタブレットがなかったのかが不思議に思える。

何かができて、何かができていないと思う必要はない。
この1秒に、ただ1秒の人生を生きているのだから。

百年の家 (講談社の翻訳絵本)

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 私の暮らしている家は、移築されて80年くらい経つらしい。移築される前を含めると100年以上昔の家だということを、このお盆に昨年末に逝去した父の弟、つまり叔父・・・から聞かされた。

 家の中は、さすがに建て付けの悪い建具ばかりだ。梁に歪みがあり、腰高の障子も閉まらないものもある。1階の天井にはもともと天井板がない。そのまま2階の床下の梁が見え、電線は2本ずつ、天井や壁の上の方を碍子に繋がれて這っている。階段は船のハシゴのように急で、上り降りのたびにギシギシ音を立てる。子どもの頃には「戸袋」があって、雨戸があった記憶があるが、それは今はサッシになっている。

 それでも、落ち着くなぁ、この家は。

 いつも大黒柱にもたれて座っているおばあさんがいる。あ、いや。この人は家人はおろか、私以外には誰にも見えない。時々、意味ありげなひとことを伝えるために私にテレパシィを送る。長男が生まれたときには「目に気をつけて。」としきりに伝えてきた。長男は特段目の病気をしたことはないが、今メガネ屋で働いている(偶然かな?)。次男、長女には特段何を伝えてはない。そのままでいいってことなんだろう。次男は専門学校をこの春卒業して、時間をかけて自動車学校に通い、就職活動をしている。まあ、それもいいだろう。長女は中学三年生。ひたすら元気で明るい。これは、まさにこのままでいいのだ。そういえば、おばあさんの姿をしばらく見てないなあ。

 私は、客先のお宅に訪問する仕事だ。客先の新しい家と比べると、たしかにこの家は古い。あたかもどこかの「郷土資料館」の展示物の中で過ごしているような錯覚を覚えることがある(いや、ないけど話の都合上あることにしておく)。もし本当にここが「郷土資料館」としてさらに百年後に残ったなら、見学客を亡霊となって、もてなしているだろうか。などと夢のようなことを思う。

 100年と一口に言うが、日本建築の場合、本当にまだあと100年でも建っているかも知れない。実際に数百年の木造の建物はざらじゃない。西洋の建築物で100年以上残っているのは、石造りの建造物だけだ。近代的な鉄筋コンクリートの建造物は50年が限度だろう。30年〜40年くらいで建て替えを余儀なくされる。外見は新しそうに見えても、修繕が追いつかなくなる。昭和49(1974)年に建てられた岩美町中央公民館も41年経ち、老朽化が進み、建て替えを検討している。何億もかけて、50年もたない・・・。なんだろうなあ。木造がいいなあ。

無理の領域

アイデア - 3「頑張る。」ってどういうことだろう。単に「努力する。」という意味なんだろうか。「頑張る。」っていう言葉の前にどこか「無理をしてでも・・・。」という言葉が見え隠れするのは気のせいだろうか。

 自分自身、以前、頑張ろうとして「無理の領域」を越えたことがあったように思う。精神的にも、肉体的にも自分を壊してしまったこともあった。今なら「これ以上は無理」というのはなんとなくわかる。でも、そのときは、限界は、自分の感覚では決められないんじゃないかって思っていた。大切な人に「相談しろ。自分で全部しようとするな。」と言われて気付かされた。一人には誰でも限界がある。

 その人の限界は、他人に決められることじゃない。頑張ろうとしている時には「人から見たらまだまだ『甘い』と思われるのではないか。」と自分を責めてしまう。しかし限界は限界だ。「無理の領域」は、現実にある。相談する人がもしすぐに見つからなかったら、私はそう思った時点でまず自分を許すことにする。頑張ろうとする人ほど、簡単に「無理の領域」に踏み込んでしまい、疲れ果てても気づかない。

「頑として張る。」頑張るというのは、ここと決めたら守り通すという意味だ。誰かに「頑張れ。」と言うと、無理強いをしてしまうことがあると思う。この言葉は、決して安易に他人が言ってはいけないのだと思う。「無理をしてでもやり通せ。」という意味を伝えてしまうことが多いと思う。他人の「頑張れ。」と言う言葉は、簡単に「無理の領域」を突き破る。

 ここまでは、あくまで私個人の私自身に向けた自戒であり、考察だが、昨今のさまざまな社会事象を見ると、政治にしろ、件のデザイナーのことにしろ、「無理の領域」を越えてしまったために起こったことがありはしないだろうか。以前は「無理の領域」ではなかったことが、状況が変わるとそうなってしまうこともあると思う。現代は人を見つめ、深く自分を見つめることが以前よりも求められているように思う。

人は、生まれて、生きて、死ぬ。

講演とか、人の話とか、人生を折れ線グラフに喩える話を時々聞くことがある。どうやったら上昇するグラフを描けるか、どうやったら持続できるのか、今描いたグラフのこの辺りだとか。やがて衰えて死ぬとか。人生訓を混じえて滔々と語られることがある。

平均と称して、身体能力を数値化することがある。それはある程度、グラフに描くことはできるだろう。しかし、そんなことは統計上のデータでしかない。そうやって描いたグラフに縛られることはない。グラフを描く人生はデータに縛られた人生だ。人生にはグラフは存在しない。

今、ここに、こうして存在することが、自分の人生の世界のすべてだ。年齢も地位も人種もない。

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 毎年8月16日は鳥取県岩美町・岩井温泉の灯ろう流しに参加、河原で演奏を行う。昨年は、記録的な豪雨により川が増水したため、残念ながら開催できなかった。今年は、無事開催できて良かった。ほっとしている。

 準備のため、夕方5時頃に現地に行ってみると、テントが見当たらない。河原にコンパネのステージだけがあって、露天の状態。川の上流、山の方を見上げると、怪しい雲も見える。これまでの経験から、天気予報はあてにはならない。風も出てきたし、これはマズイと感じた。

 準備を一時中断し、主催者の一人に電話で「(当初の打ち合わせ通り)テントを張ってください。」とお願いをして、張っていただくことができた。また、状況を見て、地元の方でテントの手配について別の方に電話をしてくれた人もいた。ただただ、迅速な対応に感謝する。主催者は天気予報「晴れ」を鵜呑みにしていたらしい。テントが無理ならこのまま帰ろうと思ったが、演奏ができるほうがいい。それが幸せだ。

 結局テント張りのため時間を奪われてしまった。午後6時から準備を始める。午後7時に最初の灯ろうが流れるため、準備とリハーサルが1時間しかない。それでも10分前にはリハーサルを終えて、時間を待つ。日が暮れ始め、山の上に鳥居の形をした明かりが灯る。美しい。

 今回は、ぼくのクラリネットの演奏から始めた。最初は、軽いポップな、どこかで聞いたような耳になじみのある曲。人によっては心地よく、懐かしい曲に思えたらいい。そういう選曲だった。伴奏は谷口尚美さんの電子ピアノ。「Close To You」「This Guy’s In Love With You」

 3曲目には、ルーマニア出身の作曲家チプリアン・ポルムベスクの「望郷のバラード」を演奏した。日本では、バイオリン奏者の天満敦子さんの演奏が有名だ。ぼくもコンサートで聞いたことがあった。原曲はバイオリンのために書かれた曲だが、印象的なメロディ・ラインだけを残して、クラリネット曲として心を込めて演奏した。

 「What A Wonderful World」「Stardust」ここまでは、マイクではひとことも喋らず演奏を続けた。薄明かりの中で、人の姿が例年よりも少なく感じる。盆休みが終わり、今年は日曜日の夜の開催となった。お盆に帰郷していた人の中には、県外の日常の待つ家路についた人もいただろう。そうした人々の姿、何気ない日常の平和を思いながら、演奏をした。川面には、少しずつ、灯ろうが流されていく。子どもが描いたような絵が見えるものもある。

 「星に願いを」からは、クラリネットを置いて、オカリーナで演奏した。「広い河の岸辺」は谷口さんの弾き語りの歌に合わせて、オカリーナを吹く。日がすっかり暮れて、この辺りから、徐々に曲の合間に簡単なひとことをつないでいく。あるときは、灯ろうが二つ並んで流れていくのを見た。まるで人が寄り添っているように見えた。そういう印象的な話をぽつりぽつりとアドリブで加える。

 これまでぽんかん。のステージでは、トーク用の台本を一度も書いたことがない。他の人のステージの手伝いで、そうした台本を書いても、実は役に立たないことを経験したからだ。台本というのは、何十人ものチームでプロジェクトを作る際に仕方なく作るものだと思う。最初に終了時間を決めておいて、曲数と曲順だけを組み立てる。予定時間を大幅に変えてしまったことはない。今回も、ちょうど午後8時に最後のあいさつを終えた。その方がうまくいく。これは誰でも当てはまることではない。ぽんかん。は、そうするという話だ。

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 オカリーナ奏者・宗次郎の「根尾の夏風に吹かれて」。沖縄ソングとして、「芭蕉布」と続き、山田耕筰作曲の「この道」「赤とんぼ」を演奏した。

 ここで、ピアノは谷口さんの息子さんに交替していただいて、谷口さんの歌、「アイ・ドリームド・ア・ドリーム」「スタンド・アローン」と続く。ぼくは完全にステージを離れ、聴衆の一員となる。心地よくて、このままずっと聞いていたい。

 最後にオカリーナ・ソロで「故郷」を演奏する。こういった構成であった。終了後は、何度もおじぎをする。

 いい演奏ができたと思う。そこで聞いた人、たった一人でも、音楽のちから、パワーを持ち帰ってもらえるなら、それがなによりだろう。音楽は主役じゃなくてもかまわない。

 日が暮れて、途中から、暗闇の中から拍手をいただく場面が増えてきた。演奏後に声をかけていただいた方も多くいて、実感を確かなものにしてくれた。また、来年、来ます。

◆この灯ろう流しは、2000〜2002年ころ、岩井温泉の地元の方々によって、古くからある風習を形を変えて継承していこうということから始まりました。演奏に際しては、温泉組合の皆様、岩井屋(いわいや)さんにはたいへんお世話になっています。岸本みゆうが初めてここで演奏したのは、2004年。それまでは地元のフォークバンドが演奏していたこともありました。2005〜2006年ころから、ぽんかん。で演奏するようになりました。歌とオカリーナの音色がいちばんぴったりくる場所だと実感しています。

◆上記の写真は、岩井温泉・明石家(あかしや)さんのホームページから拝借しました。

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音楽ライブユニットぽんかん。

 私にも「悩み」がないわけじゃない。

でも、それって、現実に今、どんなことが「悩み」なんだろう。

子育ての途中だったりすると、子どもと一緒に悩んだりは、するかな。進路とか成績とか、友だち関係とか。いじめられてはいないかとか。あるいは学校を卒業したのに、進学も就職もできないでいる子どもがいたりすると、この先、どうするんだろうとか。まあ、悩みというより、一緒に考えることだ。

自分や家族のことは、どうだろう。歳をとって体力が衰えたとか、病気になったとか。それは、人生の誰にでもある変化の一部でしかない。仕事がなかなか片付かない、部屋の整頓がうまくできない。もう、このレベルになると「悩み」ですらないな。

じゃあ、外を見て、友人とうまくいかない。けんかをした。それが友人である時点で致命的ということも、ない。うまくいくとは限らないが、可能性はある。可能性が消えたら、それは他人ってこと。悩みにはならないかな。大切な友人なら、ありのままを伝える努力をすればいい。

地域のこと。自治体とか、なんとか委員会とか、どっかの役員やって、何をしていいかわからない。うまくできない。それも、誰もが経験することだなあ。

生死に関わること。医者にガンだって言われたとしたら。自分がそうなったら、「迷惑かけるかなあ。しんどいかなあ。」そんなことを考えるかな。悩むというより、自分の命と、人のやさしさに感謝するだろう。もちろん、痛いのはいやだけどな。先生に苦情を言って悪態をついたり、神に祈ったりはするかな。先生、神様ごめんなさい。

ノイローゼ、鬱になった人が身近にいる場合。ひとつひとつ考える。行動する。支えられるかどうか。

政治的なこと。地方議会、県議会、衆参議院、政府など。議員の知り合いいますね。話を聞いて、思考が行き来することがある。「うん、そうだ。」と思ったことが、覆されたりすると、考えなおす。うん。考えなおして、整理する。

今、こうやって、いろいろ並べてみて「悩み」から連想して、「お金がない。」は、ぼくの場合は出てこない。単なる事実でしかない。世の中には、お金がなくて、強盗したり、殺人をしたりする人もいる。そんなことしなくていい世の中であってほしいとは思う。

 私には、本当は「悩み」はないかもしれないなぁ。

本当の悩みは、孤独と、切迫した精神的な疲労から、生まれると思う。それは、どういう状況で生まれるだろうか。事件、事故に巻き込まれた時。交通事故、戦争によって家族や友人の命が奪われた時。いのちの危険が脅かされた時。

今のぼくには、孤独も、切迫した精神的な疲労もない。だから、ぼくには本当は、悩みなんてない。

ありえないことだとはわかっていても、世界中の誰もがそうあってほしい。少なくとも、それを目指す社会であってほしい。そう願うばかりだ。

その願いこそが、ぼくの悩みだ。

初めてWordPressを知ったのは、2.xの頃だと思う。
お客様から「メンテナンスの方法を教えてほしい。」という依頼を受けて、3.xに関する本を購入して、自分でサイトを更新した。
既にJimdoやその他のCMS、プラットフォームは経験していたので、「へえぇ、面白いなあ。」と思いながら、ソースを調べたり、さまざまなデザインのテンプレートを探したりもした。

OSや、プラットフォームは、いずれ、そう遠くない将来に身近な「チップ化」をするだろうと思う。

コンビニの支払いレシートは、レジの「レシート発行」ボタンを押せば、アルバイトの店員がガチャガチャっとやらなくても、スマートフォンに送られて、ピッと音が出て、「ありがとうございました。」ってディスプレイに表示されて、慣れない笑顔に送られて、オワリ。

人類の発明品

人類が発明したものは、エジソンの例を出すまでもなく、
生活を便利にし、豊かにするものが多い。

だが、一方で「利便」だけを追求して作られた発明品も多くあり、
なかには無理矢理なものもあるが、その便利さから、もはや
手放せなくなっているものもある。

車が行き交う道路、この現代の交通システムは、実にいい加減で、
常にニアミスとストレスの大量生産、事故は起こるべくして起こる
代物である。

人々は自由な移動を求め、車を持つことにステータスを感じた。
新車が出ると買い替えたり、よりグレードの高い車を求めること
が日常である。にもかかわらず、交通事情はますます劣化する。

それから、空を飛ぶということは、リスクの高い異常な行動だ。
いつも、なぜ落ちないのかが不思議だ。

調布で不幸な事故が起きてしまった。しかし、こういうことは、
我が家の、あなたの屋根の上でも起こりうることなのだ。
空の交通が想像以上に過密で危うい状況かをもっと知る必要が
あるだろう。

原子力は、どうだ。
これは、本当に、要らない。日本には特に要らない。

中国を意識した防衛施策。これも、いらない。
中国や、北朝鮮は、敵対国ではない。
日本で使われている多くの生活用品は中国製だ。
北朝鮮のほとんどの国民は、何も知らされていない
地方の貧しい農民だ。
外交努力を継続して重ねればいいだけのことだ。

人々は、常に上を目指す。その「上」だと思っているものは
なんだろう。

今、あるものをそのまま生かさなければ、その「上」も
(もしあるとしても)存在しない。

人類最大の発明品は、あなたの未来なのだ。

見えるものの違い

人は、時の経過によって、まわりの風景が変わっていくと思い込んでいる。
しかし、実際は、意識の違いが、まわりの風景を違って見せているだけ。

それは、人の成長によるものでも、時代の移り変わりでもない。

私は以前、霊感が鋭いと自分で思っていた。

霊的な現象には何度も出会った。透き通る足だけが動いているのを見たり、
走っている車の窓の外に同じスピードで歩く人の姿を見たりもした。
人影のない暗い空間を見つけると、すぐにその場所に意識を移動することができた。
見えるはずのないものを見て、それを的中したりもした。
それが友人の死だったこともあり、心を痛めたこともあった。

自分自身で、何となく、その理由はわかっていた。

意識がそれを見せているのだと。
意識というのは、ラジオのようなものだ。
通常は年齢によって、生物によって周波数が違う。
しかし、その揺れ幅は個体によってまた違う。

それをある程度コントロールできると、霊的なものを見ることがある。
意識レベルを極限まで下げることができれば、霊的なものは
たやすく見ることができる。それが出来たところで、実際には
何の役にも立たない。霊的なものが「見える。」ことは、特別な能力ではない。

本来これは、本能的な危機管理能力として、自然に持っているものだ。

もし、自分で霊感が強いと思っている人がいるのなら、
意識レベルを高く保つことを続けるといい。

音楽や、さまざまな芸術、文学に触れることもいいだろう。
悩み、思考するといいだろう。

霊感をそのまま活かそうと思わなくていい。
それは、意識レベルの振れ幅の大きさを感じているだけだから。
むしろ、意識レベルが低下したときの状態に過ぎないのだから。