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当サイトの管理人岸本みゆうは、パソコン・音楽教室のエフセブンの代表者です。詳しくはサイトをご覧ください。English site is here.

私がパソコンに初めて触ったのは、1989年ごろ、16/32ビット時代のパソコンです。私は、8ビット時代以前のパソコンは知りませんが、今ではじゅうぶん古いパソコンです。NECの9800シリーズでした。MS-DOS(エムエスドス)と呼ばれるフロッピーディスクで提供されていたOSを使っていました。最初は5インチのフロッピーディスクで、その後3.5インチに変わり、ハードディスクから起動するようになったのはそれから数年後です。ちょうどその頃は、オフィスにパソコンが入ってきた、普及期に当たるでしょうか。OA(オフィスオートメーション)といい、FAXやコピー機がオフィスに入ってきたのもこの時期です。

当時就職した会社で、DBXLというdBASEクローンのデータベース管理システムで会社のシステム運用を任され、サポートもないまま、分厚いマニュアルを傍らに新たな在庫管理、出庫管理システムを再設計することになりました。実情は、システムサポートの費用を会社が出し渋ったために、社員である私にその役割が押し付けられただけなんだろうと思います。そのおかげで、パソコンやプログラミングの知識は身につきました。ただ、システムが完成した頃、バブル期が終わり景気が悪くなったため、何人かが会社の都合で退職させられました。私もその一人でした。

その後印刷会社に勤務します。組版システムは、UNIXマシン(SONY NEWSほか)で、そのほかの編集機はマックでした。自宅で使っていたのは、Macintosh PowerBook 5300csや、富士通OASIS POCKETというワープロだったり、当時互換機と呼ばれていたMS-DOS PCも持っていました。パソコン通信を始めたのもこの頃で、Windowsにも触る機会はありました。といっても、まだ当時はWindows3.1だったりDOS5だったりしましたが。

この会社で採用されていたのがなぜか管理工学研究所の「桐」というデータベースソフトで、ここでもいろいろとデータベースを扱うことになりました。「桐」は、日本語でプログラミングする面白さもありました。また日常業務で使うコンピュータがUNIXということもあって、シェルプログラム、C言語でのプログラムもここでたくさん作りました。

MOSAICや、Netscapeというインターネットブラウザを知り、HTMLを独学で学び、ホームページをいくつか作りました。この会社にしばらく勤めましたが、ここでも会社の都合で解雇となりました。

会社の都合による退職だったので、雇用保険を受給しながら、職業訓練の一環で3か月の研修を受けました。その間に、情報処理技術者初級システムアドミニストレータの試験を受け、合格します。もしかすると、これが次の仕事になるんじゃないかと探っていたら、フランチャイズでパソコン教室を経営している方と出会い、フランチャイズ契約を結びます。

仕事をしながら、一部の生徒さんと一緒に勉強をし直して、パソコン整備士3級の資格を得て、1年後には2級を取得します。

フランチャイズ契約をすると、生徒さんにお渡しするテキストも本社から購入することになります。内容が縛られ、月々の売り上げからマージンを支払います。次第に本社との食い違いが目立ってきました。決定的だったのは、子ども向けのパソコンコースの新設に関するもので、音楽レッスンなど、ほかの仕事も増えてきたので、フランチャイズを解消し、独立しました。

もともと当時からオカリーナ奏者として活動もしていて、たくさんのオカリーナ教室にもかかわっています。そのため、経理を一元化するため、現在はパソコン教室のエフセブンの名称のまま、音楽教室も始めています。

古民家

「古民家」というと、昨今はブームもあってなんだかおしゃれに聞こえます。私の実家、パソコン教室のエフセブンの教室があるのは、昭和初期に建てられた建物を移築したものだと聞いています。家の中の電線は、布製の被膜がされているだけで、そのまま碍子につながって、壁や天井を這っています。



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